諦めたやつと無知なやつから死んでいく。


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「諦めたやつと無知なやつから死んでいく」

この言葉はチェルノブイリ原発事故の際に現地の人が発していた言葉だ。

簡単に諦めること、そして無知なことは時に人を苦しめる。

現在のコロナ禍を様々な視点から観察すると良く分かるのではないだろうか。

あまりにも諦めている人が多いし、そもそも情報を知らなさすぎる。

情報は兵器だ。さらに諸刃の剣でもある。

注意深く多くの視点から物事を知る必要がある。

私も全て理解しているわけではない。

恐らく今後多くの人が諦めて白旗をかざす場面が増えてくるのではないだろうか。

そして何も知らないまま、言いなりになり、家畜に成り下りかねない危険性が高い。

諦めるにはまだ早い。

 

ただ、私は諦めることは決して悪いことではないと思う。

やる前から諦めること、やっている途中で諦めることが良くないのだ。

諦めるのは全てを出し切ってからでも遅くはない。

やる前から諦めるのは自分が挑戦したくない、成功したくないと言っているのと同じだ。

そして諦めているのにもかかわらず、挑戦している人を批判する。

まさに負のループにハマっていると言える。

挑戦しない人間に成功はない。

挑戦しない人間に成長はない。

挑戦しない人間に人を批判する権利はない。

全てを出し切るまで、やり切る。

途中でだれてしまったとしてもだ。

やり切ることが1番大切だ。

 

諦めることと同じように無知は人を苦しめる。

何も知らないが故、情報をすぐ鵜呑みにしてしまう。

非常に危険だ。

マスコミの報道をそのまま信じ、実行する。

メリット、デメリットや報道の背景、そして真実を知ることなく。

無知は罪だ。

何も知らないのに知っている人を批判する風潮が強過ぎる。

恐らく今後数年も正しいことをする人を迫害する風潮は続くだろう。

自分達で気づくしか方法はないのだ。

何かおかしいと感じる感覚を持っておく必要がある。

気づいた人はすでに動き出している。

気づかない人は今後も気づかないまま人生を終える。

これは仕方がないことなのかもしれない。

気づかない選択を取り続けているのだから。

本当に骨抜きにされてしまっている人が多いのだろう。

私は悔しくてたまらない。

気づく人と気づかない人がいるが恐らく今年が今後の方向性を大きく定めることになる最後の1年になるかもしれない。

今年2021年は2局化が起こる最も大きな分岐点だ。

 

諦めること、無知なことの2つに共通して大切なことがある。

それは準備が重要であることだ。

何かが起こる前に準備しておかねば、何かが起こってからでは遅い。

先を見据えて、今準備しておけば何かが起こってある程度は対処できる。

今できることは今やっておく。

先延ばし、先延ばしの物事に未来はない。

今できることの最善を尽くし続けること。

これらが非常に重要であり、本質だと私は思う。

 

まとめ

簡単に諦めるのではなく、諦めるのはやり切った後でも遅くない。

無知なことは罪。様々な視点から物事を見極める。そして情報収集を怠らない。

あらかじめ準備しておくことが大切。

今できることの最善を尽くし続ける。